ローン特約による解除を認めて手付金返還請求を認容した事例


弁護士 橋 田  浩


1 はじめに

 不動産の売買は、一般的に金額が高額であることから、買主が代金の支払いに金融機関からの融資を利用することが多々あります。しかし、金融機関による融資の審査は、売買契約締結後に、これを前提として行われるのが通常ですので、売買契約締結の時点では、買主が金融機関から売買代金の融資を受けられるかどうかが確定していません。そこで、不動産の売買契約においては、買主が金融機関から融資を受けることができなかった場合には、買主は手付放棄等の負担を負うことなく売買契約を解除することができるという特約(ローン特約)が設けられることがあります。
 今回ご紹介する裁判例は、土地の売買契約の買主が売主に対し、ローン特約に基づき売買契約を解除するとともに、契約締結時に支払った手付金の返還を請求したのに対し、売主が買主の解除の意思表示はローン特約の期限を経過しているとしてこれを争うとともに、買主が本件土地の取得を断念したことに正当な理由はなく、買主に契約違反があったとして違約金を請求する別訴を提起したという事案です。裁判所は事実を詳細に検討し、ローン特約の延長合意の成立を認定してローン特約による解除を認め、売主に対して手付金の返還を命ずるとともに、売主からの違約金の請求を排斥しました(東京地判、令和3年1月6日)。


2 事案の概要

(1)
Yは、不動産の売買、賃貸及びその仲介を行う会社であり、宅地建物取引業者である。

(2)
X1、X2とYは、平成29年10月27日、X1X2を買主、Yを売主としてAの仲介のもと、以下の内容で本件土地の売買契約を締結し、X1X2は手付金として100万円を支払った。
売買代金 4800万円
融資利用 X1X2は、金融機関Bから建物請負代金を含め6600万円の融資を受ける。
ローン特約 買主が売買代金の一部に上記融資金を利用する場合、本売買契約締結後、買主は速やかに融資の申込みをしなければならない。
買主の責めに帰すことができない事由により上記金融機関から融資の承認が得られなかった場合、買主はローン特約の期限内であれば本売買契約を解除することができ、その場合売主は受領済みの金員を買主に無利息で速やかに返還しなければならない。
特約の期限 ローン特約の期限は、平成29年11月17日
違約解除特約 売主又は買主のいずれかが本売買契約に基づく義務を履行しないときは、その相手方は不履行をした者に対し、催告の上、本売買契約を解除し、違約金として売買代金の20%相当額を請求することができる。
(3)
X1とYとの間で、同年11月20日付で「確認事項」と題する書面(以下「確認書面」という)が作成され、その中に、「買主の融資申込金融機関はB及びその他とした。」及び「現在買主の都合によって融資金融機関を選択中である。」との記載があった。

(4)
X1、Y及びA(担当者C)の間で、同年11月24日付で以下の内容が記された「土地売買契約解除確認書」と題する書面(以下「解除確認書」という)が作成された。
 XらはYに、同年11月20日、Aの立会いの下、確認書面を差入れたが、Xらは融資金融機関からの最終的な条件をも受け入れず、本売買契約の解除をAを介してYに申し入れた。
 現状では解除理由(ローン特約・手付解除・違約解除・合意解除等)は当事者間で合意はできていないが、Xらは本件土地を今後購入する意思はない。
 本日以降、YはXらの意思確認なく、本件土地について自由に第三者に売買するほか、建物を建築することができることを確認する。

(5)
YはXらに対し、同年12月3日付内容証明郵便で、@Xらが本売買契約書に記された住宅ローンが否認されたにもかかわらずYに直ちに報告せず、更には本件ローン特約の期限までに本売買契約の解除を通知しなかったこと、AXらがYに提出した買受申込書及び告知書の内容が虚偽であったこと、BXらがBからローンを否認された後に、他の金融機関に申し込み、その融資条件を受け入れなかったことなどが本売買契約の解除理由にあたるとして、違約解除特約に基づき本売買契約解除の意思表示をするとともに約定違約金から手付金額を控除し860万円の支払いを求めた。


3 争点と当事者の主張の概要

(1)ローン特約に基づく本売買契約解除の可否
  ア 原告らの主張
@  Bの融資承認が得られなかった時点でXらとYとの間でローン特約の期限延長が口頭で合意され、同年11月20日付で前記確認書面が作成された。
A  その後も融資可能な金融機関を見つけられなかったため、Xらはローン特約に基づく解除の意思表示をし、同年11月24日に解除確認書が作成された。
B  Xらが金融機関から融資を受けられなかったのは、金融機関側の査定や条件面で折り合いがつかなかったためであり、Xらの責めに帰すことができない事由によるものである。

  イ 被告の主張
@  XらのYに対する本売買契約解除の意思表示はローン特約の期限後であり、期限が延長されたことはない。同年11月17日の面談の際にY(担当者F)はXらにローン特約による本売買契約解除の意思を確認したが、Xらはこれを拒絶し、他の金融機関を当たりたいと回答した。
 確認書面に「買主の都合によって」と表現したのはXらがローン特約の保護を受けないことを表すためである。
A  融資についてのBの回答が減額回答となったのは申込みに事実に反する記載があったためであるから、Xらは自己の責めに帰すべき事由により融資承認が得られなかったものである。

(2) 違約解除特約に基づく本売買契約解除の可否
 ア 被告の主張
 上記イAのとおり、Bの減額回答はXらの責めに帰すべき事情によるものであり、これ自体が本売買契約違反である。また、金融機関から融資承認が得られないにもかかわらず、これをYに報告せず、ローン特約期限内に解除権を行使しなかったほか、手付放棄による解除もせず、正当な理由なく本件土地の取得を放棄したことも本売買契約違反である。

 イ Xらの主張
 違約解除特約による本売買契約解除の効力を争う。


4 裁判所の判断

 裁判所は前提となる事実を詳細に認定したうえで、争点について次のとおり判断しました。

(1) ローン特約に基づく本売買契約解除の可否
 平成29年11月17日の面談時にX1はYの担当者であるFに対し、融資を受けるのが難しい状況である旨を説明しており、このような融資の見通しがつかない状況において融資を受けられなかった場合に手付金を失い、場合によっては違約解除特約により売買代金の20%にも及ぶ違約金を請求される可能性が高いにもかかわらず、本売買契約を解除しないと発言したというのは不自然であることや、宅地建物取引士であるFが上記面談時にX1に対しローン特約が同日をもって失効した旨を伝えていたなら、同月20日付で作成した確認書面にその旨を明記してしかるべきだが、明記されず、かえって「現在買主の都合により融資金融機関を選択中である。」と記載されていることに鑑みると、ローン特約の期限を相当期間延長することを合意したと認めるのが相当であると判示しました。
 そのうえで、申込書等に事実と異なる記載があったとしても、Bが減額回答していることからすれば、買受申込書に記載された融資申込額や売買契約書に記載された借入額が当初から実現不可能なものであることが明らかであったとまではいえない。またBから融資を受けられなくなった後にE銀行に融資を申込んだものの同銀行から示された条件をのむことができず同銀行から融資を受けることを断念したことについて直ちにXらに帰責事由があるとはいえないと判示し、同年11月24日に解除確認書を交わすことによってした本売買契約の解除は、延長された期限内に行われたローン特約に基づくもので有効としました。

(2) 違約解除特約に基づく本売買契約解除の可否
 ローン特約に基づく解除が有効であると認められる以上、違約解除特約が適用される余地はないと判示しました。


5 本裁判例から学ぶべきこと

 本裁判例は、いわゆる事例判決といわれるものですが、ローン特約の延長合意の存否に関する裁判所の判断には宅地建物取引の実務にかかわる際に参考にすべき点があります。本件においてローン特約の延長合意があったか否かは、正直に言って明らかではありません。この争点に関する事実認定において裁判所が重視したのは、宅地建物取引業者の担当者であり、宅地建物取引士であるFが関与して平成29年11月20日に作成された確認書面にローン特約が同月17日で失効した旨が明記されていなかった点です。
 本裁判例からは、書面作成にあたっては、当然に記載しておいてしかるべき事項は明確に記載すべきであり、記載しておかなければその事項はないものと扱われる可能性が高いということを学ぶべき教訓とすべきです。特に、宅地建物取引に関する有資格者である宅地建物取引士が書面を作成する場合には、その傾向はより強くなると思われますので、ご注意下さい。

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和4年2月号執筆分