「始めてますか?インボイス制度への対応は事前準備が必要です」


税理士 田部 純一


1 はじめに

 令和元年10月1日より10%への消費税率引上げと軽減税率制度が実施され、わが国の消費税は複数税率となりました。この複数税率に対応する仕入税額控除の方法として、いわゆるインボイス制度(適格請求書等保存方式)が、令和5年10月1日(以下、「制度実施日」と呼びます。)より実施されます。
 その事前準備の1つとして、インボイス発行事業者(適格請求書発行事業者)の登録申請の受付が令和3年10月1日から開始されており、制度実施日から登録を受けるためには令和5年3月31日までに登録申請を行う必要があります。この登録手続き以外にも、インボイス制度への対応として事業者は様々な事前準備を行う必要があります。今回はこの事前準備を中心にインボイス制度について解説します。


2 消費税のしくみ(仕入税額控除とは)

 消費税の納税義務者である事業者(個人事業者と法人)は、確定申告により納付する消費税額を計算する際に、課税期間における「課税売上げに係る消費税額(売上税額)」から、「課税仕入れ等に係る消費税額(仕入税額)」を控除します。この控除のことを「仕入税額控除」といいます。この仕入税額控除は消費税の計算上、最も重要な要素の1つです。
 仕入税額控除を適用する為には帳簿と請求書等の保存が要件とされています。制度実施日以後は、インボイス発行事業者が交付するインボイス(適格請求書等)の保存が仕入税額控除の要件となります。



3 インボイス制度の概要

(1)インボイス(適格請求書等)とは
 インボイスとは、「売手が、買手に対し正確な適用税率や消費税額を伝えるための手段」であり、インボイス発行事業者の登録番号や消費税額などの一定の事項が記載された請求書や納品書、領収書等の書類やそれらの電子データです。なお、その様式や名称は問いませんので、必要な事項が記載されていれば手書きの書類であってもインボイスに該当することになります。

インボイスの記載事項
@ インボイス発行事業者の氏名又は名称及び登録番号
A 取引年月日
B 取引の内容(取引が軽減税率の適用対象である場合には対象品目である旨)
C 税率ごとに区分して合計した対価の額(税抜又は税込)及び適用税率
D 税率ごとに区分した消費税額等
E インボイスの交付を受ける事業者の氏名又は名称(宛名)
※ 下線部分が現行の記載事項に追加される事項

また、小売・飲食・タクシー業など不特定多数の人に対して販売等を行う取引は、記載事項を簡易なものとした簡易インボイス(適格簡易請求書)を交付することが可能です。交付を受ける事業者の宛名の記載が不要な点と、消費税額等と適用税率はいずれかの記載で足りる点がインボイスとの違いです。

簡易インボイスの記載事項
@ インボイス発行事業者の氏名又は名称及び登録番号
A 取引年月日
B 取引の内容(取引が軽減税率の適用対象である場合には対象品目である旨)
C 税率ごとに区分して合計した対価の額(税抜又は税込)
D 税率ごとに区分した消費税額等又は適用税率
※ 下線部分が現行の記載事項に追加される事項

(2)インボイス発行事業者(適格請求書発行事業者)とは
 インボイスを交付できるのは、インボイス発行事業者に限られます。インボイス発行事業者となるためには、税務署長に「適格請求書発行事業者の登録申請書」を提出し、登録を受ける必要があります。この登録は強制ではなく、あくまで任意です。
 なお、課税事業者でなければ登録を受けることはできません。このため、現在免税事業者である事業者がインボイス発行事業者となるためには課税事業者になる必要があります。


4 インボイス発行事業者の登録申請について

(1)登録申請のスケジュール
 登録申請書の受付は令和3年10月1日から始まっています。制度実施日から登録を受けるには、令和5年3月31日までに申請書を提出する必要があります。
 登録申請書を提出すると、税務署による審査を経てインボイス発行事業者として登録が行われます。登録後は以下の事項が公表され、国税庁インボイス制度適格請求書発行事業者公表サイト(https://www.invoice-kohyo.nta.go.jp/)において確認が可能です。

公表されるインボイス発行事業者の登録事項
@ インボイス発行事業者の氏名又は名称
A 登録番号、登録年月日(取消、失効年月日)
B 法人の場合、本店又は主たる事務所の所在地
(上記のほか、事業者から公表の申出があった場合には以下の事項)
C 個人事業者:主たる屋号、主たる事務所の所在地
D 人格のない社団等:本店又は主たる事務所の所在地
※ 登録番号の構成は、以下のとおりです。
・法人番号を有する課税事業者:T+法人番号
・上記以外の課税事業者(個人事業者、人格のない社団等):T+13桁の番号

 (2)免税事業者の登録申請について
 免税事業者がインボイス発行事業者となるためには課税事業者になる必要があります。課税事業者になると消費税の申告・納税義務を負うこととなり、新たな税負担や事務負担が生じます。したがって免税事業者は、登録すべきかどうかを慎重に検討する必要があります。
 検討に当たっての一番大きなポイントは、自身が売手となる取引の相手に課税事業者がどのくらいいるか?という点です。取引相手の課税事業者が仕入税額控除を行うためにはインボイスが必要となるため、取引相手からインボイスの交付を求められることが予想されます。このような免税事業者は、取引関係を円滑に継続するためにインボイス発行事業者になる必要性が高いといえます。一方、取引相手がほとんど消費者であれば、取引相手はインボイスを必要としないため登録の必要性は低いといえます。

5 制度実施日までに準備しておくこと(売手の立場として)

(1)インボイス発行事業者の義務
 インボイス発行事業者(売手)には、以下の義務が生じます。
@ 課税事業者である取引の相手方の求めに応じてインボイスを交付する
 義務
A 値引等(対価の返還)を行った場合、返還インボイス(適格返還請求書
 )を交付する義務
B 交付したインボイスに誤りがあった場合、修正インボイス(修正した
 適格請求書)を交付する義務
C 交付した@からBの写しを保存する義務
※ ただし、インボイスを交付する事が困難な一定の取引は、交付義務が免除されます。

 (2)インボイス発行事業者の事前準備
 インボイス発行事業者の登録を行った事業者は、制度実施日までに上記(1)の義務が履行できる体制を整える必要があります。現在発行している納品書や請求書、領収書等のうち、どの書類をインボイスとして交付するのかを検討し、その結果を得意先に周知する必要があります。また、その書類がインボイスとしての記載事項を満たすようにシステムの更新等の対応が必要です。
 インボイス発行事業者は、インボイスの交付を行う代わりに、電子インボイス(インボイスの記載事項を記録した電子データ)を提供することができます。インボイス発行事業者には交付したインボイス等の保存義務がありますので、紙保存からデータ保存に移行するなど、取引の電子化を検討するいい機会であるともいえます。

6 制度実施日までに準備しておくこと(買手の立場として)

 買手においては、課税事業者であれば、自身がインボイス発行事業者であるか否かを問わず、仕入税額控除の要件として「帳簿及びインボイスの保存」が必要です。これは、現行の「区分記載請求書等及び帳簿の保存」とさほど変わらないように見えますが、以下の点に注意が必要です。

(1)受け取った請求書等がインボイスであるかの確認
 制度実施日以降は、交付を受けた請求書や領収書がインボイスであるかどうかの確認が必要となります。受け取った請求書等に登録番号の記載があるかの確認だけではなく、記載されている番号が正しいものであるか(国税庁インボイス制度適格請求書発行事業者公表サイトで検索が可能です。)の確認も行うべきです。インボイスの保存がない仕入取引については原則として仕入税額控除の対象となりません(※)ので、帳簿への記載(会計ソフトへの入力)の際に区別する必要があるためです。
 ※ 制度実施日以降3年間は仕入税額の80%、その後の3年間は50%の仕入税額控除が認められる経過措置があります。6年経過後は仕入税額控除の対象とはなりません。

 (2)3万円未満の仕入取引等の取扱い
 現行は、「3万円未満の課税仕入れ」及び「請求書等の交付を受けなかったことにつきやむを得ない理由があるとき」は、一定の事項を記載した帳簿の保存のみで仕入税額控除が認められていますが、制度実施日以降は、これらの取扱いは廃止されます。
 また、現行では、取引の相手から交付された請求書等に「軽減税率の対象品目である旨」や「税率ごとに区分して合計した税込対価の額」の記載がないときは、これらの項目に限って、交付を受けた買手事業者自らが、その取引の事実に基づき追記することが認められていますが、制度実施日以降は、このような追記をすることはできません。

 (3)簡易課税制度の検討
 仕入税額控除の方法として簡易課税制度を選択している場合は、課税売上高のみから消費税額(納付税額)を計算することから、インボイスの保存は仕入税額控除の要件ではありません。したがって、上記(1)や(2)の対応が困難であると考えられる課税事業者は、この機会に簡易課税制度を選択することも一案です。
 ただし、簡易課税制度は基準期間における課税売上高(原則として前々年、前々事業年度の税抜課税売上高)が5千万円以下の事業者(中小事業者)しか選択することはできません。また、実際の仕入税額ではなく、売上税額に一定の率を掛けた金額を仕入税額とみなして消費税額を計算する方法であるため、たとえば多額の設備投資を行った場合など、原則の仕入税額控除であれば還付が受けられるような場合においても、簡易課税制度を選択している場合は還付が受けられませんので注意が必要です。

7 おわりに

 令和5年10月1日より実施されるインボイス制度ですが、その事前準備について事業者の出足は鈍く、事前準備の第一歩であるインボイス発行事業者の登録申請も、9月現在で全課税事業者の3分の1程度にとどまっているようです。今回ご紹介したように必要な事前準備は多岐に渡り、制度実施日までの期間は既に1年を切っています。大小問わずすべての事業者に影響を及ぼす非常に大きな制度変更ですので、他人事と考えずに万全の事前準備を行いましょう。

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和4年10月号執筆分