隣接土地上の建物の建材落下事故による買主の損害について、
売主及び建物所有者に対して損害賠償を命じた事例

(東京地方裁判所・令和3年7月20日判決・ウエストロー・ジャパン)  


弁護士 板野 充倫


1 事案の概要(複雑な事案ですので、細部は省略しました)

(1)  平成27年7月16日,原告は被告Aとの間で、土地(以下「本件土地」といいます)の売買契約を締結しました。本件土地上には建物が存在しましたが、被告A(売主)は原告(買主)に対し、同建物を同年12月15日までに解体して本件土地を引き渡すことが合意されました。
(2)  本件建物の隣地には、被告Bが所有する建物(以下「隣地建物」といいます)が存在しました。本件土地上の建物と隣地建物とは一部が密接しており、部分的には相互に行き来することができるような構造となっていました。被告Bは、被告Aに対し、本件土地上の建物の解体禁止を求める仮処分の申立てをしましたが、裁判所はこれを認めませんでした。被告Aは本件土地上の建物を解体し、原告に本件土地を引き渡しました。
(3)  原告は引渡しを受けた後、本件土地を時間貸し駐車場用地として賃貸し、賃借人が時間貸し駐車場を運営するようになりました。
(4)  平成28年10月6日、隣地建物の外壁の建材の一部が本件土地に落下する事故が発生しました。そのため、本件土地の賃借人は時間貸し駐車場の一部の利用を停止しました。これに伴い、原告と賃借人との間で賃料を減額する合意がなされました。
(5)  上記落下事故後、被告Bは隣地建物の外壁にネットを張りましたが、建材等の剥離や落下を防止する措置としては不十分なものでした。令和元年11月15日、被告Bは隣地建物の外壁のモルタル補修工事を実施し、同年12月25日、原告に対し、その旨を報告しました。賃借人は時間貸し駐車場の工事を実施し、令和2年1月20日より全区画での営業を再開しました。これに伴い、原告と賃借人とは賃料を当初の金額に戻しました。
(6)  原告は、被告A及び被告Bに対し、平成29年6月30日、隣地建物の補修工事の実施と同工事完了までの賃料収入減少分の損害賠償を求めて本件訴訟を提起しました(後に、被告Bが補修工事を実施したことにより、原告は補修工事実施の請求を取り下げると共に、賃料収入減少による損害額を合計8878万4517円と確定しました)。原告の主張の骨子は次のとおりです。
  •  本件土地上の建物と隣地建物とは物理的に一体化した一棟の建物であるから、被告Aは隣地建物壁面に生じた解体工事痕の補修工事をすべき義務があった。被告Aがこれを行わなかったのは債務不履行に当たる(原告の主張@)。
  •  隣地建物の解体工事痕の存在は本件土地の「隠れた瑕疵」と評価すべきものであるから、被告Aはこれによって生じた損害を賠償すべきである(原告の主張A)。
  •  被告Aは、隣地建物からの建材の落下工事を防止するための安全対策を講じ、又は、原告に対し、本件土地を引き渡す際に、隣地建物の外壁の剥離の可能性等について説明し、事故の発生を注意喚起する法律上の義務があった。被告Aがこれを怠ったことは不法行為に当たる(原告の主張B)。
  •  隣地建物の外壁の建材が剥離する危険性があった以上、同建物に設置保存の瑕疵があったことは明らかであるから、被告Bは民法717条の工作物責任を負う(原告の主張C)。


2 被告らの主張

(1)  被告Aは,次のように反論しました。
  •  本件土地上の建物と隣地建物とは近接しているが一体の建物ではなく、解体工事によって隣地建物の外壁に物理的変更は生じていない、したがって、解体工事によって落下事故が発生したわけではないから、債務不履行責任は負わない(原告の主張@に対する反論)。
  •  隣地建物に解体工事痕が存在することが本件土地の隠れた瑕疵にあたるとする原告の主張は争う(原告の主張Aに対する反論)
  •  隣地建物の建材の落下を防止する義務を負うのは被告Bである。被告Aが老朽化の程度を具体的に予見することは困難であり、被告Bの同意を得ることなく隣地建物の安全対策工事を行うこともできないから、被告Aは不法行為責任を負わない(原告の主張Bに対する反論)。
(2)  被告Bは、次のように反論しました。
  •  原告と被告Aとの間の契約は、実質的には、本件土地及び本件建物の売買と本件建物の解体工事の請負との混合契約であり、原告は解体工事の注文者に当たる。原告は、被告Bの同意を得ることなく解体工事を発注したことにより自ら落下事故を招いたのであるから、民法717条の1項の「他人」に該当しない(原告の主張Cに対する反論)。


3 裁判所の判断

(1)  裁判所は,本件土地上の建物と隣地建物とは建築時期が異なり、構造上も明確に分離されていたから、それぞれ独立した建物であると認定しました。また、隣地建物の外壁の損傷は、被告Aによる解体工事によって直接発生したものではなく、補修されることのないまま自然劣化が進んだ状態で、解体工事後に風雨や紫外線にさらされたことによって生じたとして、債務不履行責任や瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求(原告の主張@A)を否定しました。
(2)  しかし、本件土地上の建物の解体工事が隣地建物の外壁の建材剥離の危険性を顕在化させたこと自体は否定することができないこと、被告Aが隣地建物の老朽化や長期間の未補修を要因として外壁の剥離が起き得る状況にあることを予見し得たと自認していること等を根拠として、被告Aは「本件売買契約に付随して、原告に対し、本件解体工事後に露出した隣地建物外壁からの建材剥離によって本件土地の利用が妨げられる可能性を説明し、対処を促す法律上の義務を負っていた」と判断し、不法行為の成立を認めました。
(3)  また、裁判所は、被告Bの「原告が本件建物の解体工事の注文者に当たり、自ら事故を招いたのであるから、民法717条の1項の『他人』には該当しない」との主張を否定し、工作物責任の成立を認めました。
(4)  さらに、裁判所は、「原告に生じた賃料収入の減少は、隣地建物所有者の被告Bが速やかに外壁工事を実施しなかったことによって拡大した面があることは否定し難いが、このことは、被告らの内部的責任割合の問題であり、被告Aの義務違反と原告の損害との間の相当因果関係を否定するべき事情ではない」と述べ、結論的に、被告両名に対し、原告の請求額8878万4517円及び遅延損害金を連帯して支払うよう命じました(原告の請求全部を認容)。


4 コメント

(1)  隣地建物の保存に瑕疵があったために落下事故が発生したことは、ほぼ争う余地がなかったと思われます。そうであるからこそ、被告Bは「原告が解体工事の注文主であった」というやや無理のある主張をしたものと推測されます。
 被告Aによる解体工事が完了してから約10か月後に外壁の剥離・落下事故が発生していますが、この期間のうちに被告Bが補修工事を実施していれば、落下事故は避けられました。しかし、実際に被告Bが補修工事を実施したのは、上記事故発生から3年が経過した令和元年11月のことでした。本件訴訟が提起されてからも約2年半後のことであり、ひょっとすると裁判所から被告Bに対し、補修工事の実施に関する何らかの働き掛けがなされたのかもしれません。いずれにせよ対応があまりに遅く、被告Bに対する請求が認容されたのは自然なことであると思われます。
(2)  裁判所は、被告Aは「本件売買契約に付随して、原告に対し、本件解体工事後に露出した隣地建物外壁からの建材剥離によって本件土地の利用が妨げられる可能性を説明し、対処を促す法律上の義務を負っていた」と判断しました。これは、本件土地上の建物と隣地建物とが近接しており、被告Aが隣地建物の外壁の保存状況をある程度予見可能であったことや、被告Aによる解体工事によって隣地建物の外壁が風雨や紫外線にさらされるようになったこと等を重視したものと思われます。裁判所は明言していませんが、被告Aが不動産業者であったことも判断に影響した可能性があります。
 いずれにせよ、被告Aと隣地建物との関わりを考慮したケース・バイ・ケースの判断であり、通常の不動産売買において、隣地の建物が老朽化していたとしても、売主が常に上記のような説明義務を負うとは限りません。
(3)  他方、「隣地建物の老朽化の程度を具体的に予見することは困難であった」、「被告Bの同意を得ることなく隣地建物の安全対策工事を行うことはできない」との被告Aの反論には相応の説得力があるように思われます。また、通常は、外壁の落下事故が発生すれば、建物所有者が直ちに補修工事を行うことが想定されますので、本件のように被告Bの異常なまでの対応の遅さが介在したことによって拡大した損害についてまで裁判所が被告Aの責任を認めたことは、個人的には疑問を覚えるところです。
(4)  本件では、不法行為に基づく損害賠償請求が認容されていますので、原告が弁護士費用を請求していれば、損害として認容されていたのではないかと思われます。原告において、回収可能性も考慮し、あえて請求に含めなかったのかもしれません。
(5)  いずれにせよ、宅地建物取引業者としては安全サイドで行動すべきであると思われますので、隣地からの何らかの被害がある程度具体的に想定されるような場合には、買主にその旨を説明しておくことが望ましいと考えます。
(6)  本件判決が確定したか否かは確認できていません。上記のとおり、被告Aの立場であれば、個人的には控訴して争いたいと感じます。
(7)  本件は改正民法施行前の事件ですので、改正前の用語を用いています。


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和4年12月号執筆分