投資用物件の売主業者には、想定利回りに影響を及ぼし得る
    法令上の制限を調査説明する義務があるとした事例
         (東京地判 令和4年3月29日)


弁護士 広瀬 元太郎


1 はじめに

 自治体によっては、広告看板の掲出を禁止したり形状を規制する条例が制定されている。投資用物件の売主は、これらの法令上の制限についてどこまで、調査、説明を行う必要があるか。
 また、こうした条例により、収益が減少した場合、買主は売主に対して損害賠償を請求できるのか。また、請求できるとしても、買主にも過失があるとして、損害賠償の減額がなされるのか。これらについて、本判決をもとに検討したい。

2 事案の概要

(1) 買主X(不動産賃貸を目的とする法人)は、平成29年6月1日、宅建業者である売主Yとの間で、投資用物件として、首都高速道路の沿道にある東京都内の10階建てのビルの売買契約を締結した。

(2) 本物件の売買代金は、3億4400万円であり、売主Yが買主Xに示したレントロールでは、満室想定での賃料収入が月額213万円、表面利回りが7・44%とされていた。

(3) 本件ビルの屋上には、広告看板掲出スペース(以下、「本件工作物」という)が東西南北に4面あり、A社(売主Yの前所有者)とA社の関連会社が、月額55万円で買主Xから賃借することが決まっていた(この55万円は、前記想定賃料213万円に含まれ、全体の25%余りを占める)。

(4) 1年後、A社は看板掲出契約を解約した。買主Xが広告代理店を通じ、新たな広告主を募集しようとしたところ、首都高速道路の沿道に立地する本件建物屋上の広告看板掲出は、条例により禁止されており、本件工作物を広告掲出目的で他人に貸すことは事実上困難であることが発覚した。

(5) 買主Xは、宅建業者である売主Yが、本件工作物の「賃貸能力」につき、正確な内容を説明すべき信義則上の義務を負っていたのに、本件工作物における規制につき調査したうえで説明せず、本件工作物につき賃料が得られると虚偽の説明をしたことにより損害を被ったとして、不法行為責任に基づき、9032万円の損害賠償を求めて売主Yを提訴した。

3 本件の争点

・買主Xの主張 本件売買契約は、投資物件の売買なので、収益性は買主にとって最大の関心事である。売主は、売買契約を締結するにあたり、買主に不測の損害を被らせないようにするため、本件工作物の「賃貸能力」につき正確に説明すべき信義則上の義務ないし付随義務を負っていた。
・売主Yの主張 本件工作物は、本件売買契約上はもちろん宅建業法上の建物にも含まれない付帯設備に過ぎない以上、買主からの具体的な調査依頼が無い状況下で、かかる付帯設備に適用される条例に基づく制限の内容まで調査する義務はない。


4 なぜこのような問題が発生するのか

 本件は、売買契約時点では、本件工作物に看板が設置されていた(違法状態であったと思われる)。そのうえ、看板規制は条例によりなされることが多いので、売主が調査すべきことに気付かなかった可能性は高い。


5 裁判所の判断

(1) 売主Yの義務
 一般に投資用物件である不動産を購入するか否かに当たって着目されるのは、利回り及びその基礎となる当該不動産に係る収益の額である。
 宅建業者たる売主Yが、当該不動産において想定される利回りおよびその基礎となる収益の額を買主に説明する場合には、信義則上、想定される利回りの基礎となる収益の額に影響を及ぼしうる法令上の制限の有無及びその内容についても調査して説明すべき義務を負う。
 本件において、売主Yは、本件工作物についての都の規制に関する説明をしなかったのであるから、信義則違反として不法行為責任を負う。
 売主Yは、本件工作物は付帯設備であるから、買主の調査依頼が無い以上は調査義務を負わないと主張するが、売主Yは買主Xに対し、本件不動産において想定される賃料及び利回りを本件工作物が生み出す収益も含めて記載されたレントロールを交付するなどして、販売価格の妥当性を示したのであるから、本件工作物が建物そのものでないとの一事のみをもって、上記の信義則上の義務を免れることは相当といえない。

(2) 損害額
 本件規制があることにより、本件工作物賃料は40万円減少する。その40万円の想定賃料213万円に対する割合は、18.8%である。本件規制が存在しなかったとしても、想定工作物賃料が確実に永遠に得られたとは限らないので、18.8%を2分の1とした9.4%を減額率とした。建物価格2億1350万円に、その減額率を乗じた金額である約2002万円を損害額と認定した。

(3) 過失相殺
 買主Xが投資目的で本件不動産の購入を検討し、本件不動産に係る表面利回りが通常の物件より高く設定されていると認識したのであれば、第三者に客観的な意見を求めるなどして、本件不動産の収益性について慎重に検討すべきであったものといえる。
 買主Xは、本件レントロールに表示された表面利回りを鵜呑みにして売買金額を決定し、本件売買契約を締結するに至ったのであって、このことについては一定の落ち度があったといえる。その過失相殺の割合は4割である。


6 まとめ、取引において注意を要すること
(1)  本件を見る限りにおいて、裁判所は妥当な判断をしたと考える。宅建業法35条1項2号に基づき宅建業者が重要事項として説明義務を負う「法令に基づく制限」は、同施行令3条において具体的な対象法令が列挙されているが、その中に本件のような広告物条例は含まれていない。しかし、法35条は「少なくとも」と規定するとおり限定列挙ではないことから、それ以外でも買主の判断に影響を与える事項については、調査説明義務が課される。
 本物件は投資用物件として売買され、本件工作物が生み出す賃貸料(看板掲出料)は、全体賃貸料の25%を占めている。このことからすると、本件工作物が付帯設備に過ぎないから調査義務がないとの反論は難しかろう。また、条例とはいえ、看板規制の調査も容易である点からも、売主は一定の責任は免れないと考える。
 宅建業者が投資用物件を販売するにあたっては、現状を追認し、単に現時点の収益額を示すだけではだめで、現時点の収益が適法な収益で、持続可能であるかまで、調査し説明する必要があるといえる。

(2)  一方で、本件は、買主側の過失相殺割合を4割と認めている点も注意が必要である。
 買主Yは、不動産の売買、賃貸、管理及び処分並びにその仲介等を目的とする会社であると認定されている。そのうえで、表面利回りが通常の物件より高いのであれば、第三者に意見を求めるなどして慎重に検討すべきであるにもかかわらず、売主のレントロールを鵜呑みにしたのは4割の落ち度があるとされているのである。
 裏から読むと、買主が不動産業者でなく、賃貸利回りも通常程度であれば、ここまでの過失相殺は認められなかったと解釈できないでもない。しかし、このような投資物件を一棟で購入するような場合、裁判所は買主もプロであると判断する可能性は高い。
 本判決は、投資物件の買い手側も、売主資料の裏を取る等の調査をすべきであり、それを果たさなかった場合は4割もの過失があるとしている。投資物件を購入するにあたっては、説明義務違反をもって、損害の全てを売主サイドに転嫁することはできないということを肝に銘じなければならない。

(3)  本件は、宅建業者である売主の責任が問われた事案ではあるが、投資用物件を媒介する宅建業者についても、同様の調査義務はあると考えられるから、媒介にあたっても、投資物件の想定利回りに影響を及ぼしうる法令上の制限については、条例も含め十分調査する必要がある。
 さらに、買主側の媒介業者となった場合で、買主が宅建業者ではない場合、過失相殺された額を依頼人である買主から請求される可能性もあることに注意する必要があろう。

以上

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン
令和6年4月号執筆分