地中埋設物について、売主及び宅地建物取引業者の責任を否定した事例
(東京地方裁判所・令和4年11月22日判決)


弁護士 板野 充倫


1 事案の概要(簡略化しています)
(1)  被告Yの母は、昭和35年11月に本件土地を購入し、昭和36年9月に同土地上に自宅建物を新築しました。
(2)  被告Yは、昭和58年1月、前記(1)の建物を建て替えるため、N不動産株式会社に対し、本件土地の敷地調査を依頼しました。同社は敷地調査を実施した上、本件土地には浄化槽及び大谷石の擁壁等の地中埋設物が存在する旨の敷地調査報告書を作成しました。
 被告Yは、昭和59年5月、N不動産株式会社に対し、前記(1)の建物の解体工事、上記浄化槽及び大谷石の擁壁等の地中埋設物の撤去工事及び自宅建物の新築工事を発注しました。
(3)  原告は、平成30年7月、被告Yから、宅地建物取引業者である被告会社の仲介により、本件土地及び前記(2)の建物を5億1000万円で購入し、同年8月31日、引渡しを受けました。売買契約書には、被告Yは、本件土地の隠れた瑕疵について、引渡完了日から3か月以内に原告から請求を受けたものについて、修復に限り責任を負う旨の条項が存在しました。
 被告Yは、売買契約書に添付された物件状況等報告書の「敷地内残存物等」の項目において、「無・有・不明」との選択肢のうち「無」に◯を付けました。なお、物件状況等報告書には「敷地内残存物等」の例として「旧建物基礎・建築廃材・浄化槽・井戸」が列挙されていました。
(4)  原告は、平成31年3月ころ、前記(2)の建物の解体工事及び自宅建物の新築工事を発注しました。解体工事実施中の令和元年8月、本件土地の地中から、コンクリート製の枡及び大谷石の擁壁が発見されました。
(5)  原告は、売主である被告Yは「@昭和58年に作成された敷地調査報告書により、本件土地には浄化槽及び大谷石の擁壁があることを把握していたのだから、売買契約書に添付された物件状況等報告書を作成する際にも本件土地に敷地内残存物があると認識していたはずである、A仮にそうでなかったとしても、被告Yの供述によれば、物件状況等報告書を作成した際、本件土地に敷地内残存物はないとの確証は有していなかったはずである、Bしたがって、被告Yは、物件状況等報告書の「敷地内残存物等」の中の「無・有・不明」との選択肢のうち「不明」を選択して告知すべき義務を負っていた」として、「無」を選択した被告Yは過失による不法行為責任を負うと主張しました。
 また、原告は、被告会社は、宅地建物取引業者として、過去に浄化槽及び大谷石の擁壁が存在した本件土地の売買を仲介するに際し、敷地内残存物がある可能性を察知して、売主である被告Yに事実と異なる告知をさせないようにすべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったとして、被告会社は過失による不法行為責任を負うと主張しました。
 以上の理由により、原告は、被告Y及び被告会社に対し、地中埋設物の撤去費用等の損害賠償を請求しました。
(6)  これに対し、被告Yは、そもそも昭和58年に作成された敷地調査報告書の記載内容自体を把握していなかったとした上で、仮に同報告書に記載された浄化槽及び大谷石の擁壁が売買契約後に発見されたものと同一のものであるとすれば、昭和59年にこれらの撤去工事を発注したのであるから、地中埋設物はないと認識していたと評価すべきであると反論しました。
 また、被告会社は、本件土地の売買を仲介した際、コンクリート製の枡及び大谷石の擁壁は地中にあるので目視で観察して把握できるものではなかったことに加え、被告Yから本件土地に地中埋設物があるとの話は一切聞いておらず、原告からも本件土地の地中埋設物に関する調査依頼を受けていなかったことからすれば、被告会社には注意義務違反は無いと反論しました。

2 争点
 被告Yは不法行為責任を負うか。
 被告会社は不法行為責任を負うか。

3 裁判所の判断(原告の請求を棄却)
(1)  昭和58年に作成された敷地調査報告書に記載された浄化槽及び大谷石の擁壁は、位置、形状及び材質等を考慮すると、令和元年に発見されたコンクリート製の枡及び大谷石の擁壁と同一のものであると認められる。
(2)  浄化槽及び擁壁は、昭和59年に実施された工事で撤去の対象とされたから、仮に被告Yがその存在を把握していたとしても、これらは昭和59年に撤去されたと考えるはずである。したがって、被告Yが物件状況等報告書の「敷地内残存物等」項目で「無」を選択したとしても何ら非を問われるべきものではない。
 また、被告Yが売買契約書添付の物件状況等報告書を作成した当時の本件土地の状況等によれば、本件土地に浄化槽及び大谷石の擁壁が埋設されていることを疑うべき表徴があったと認めるに足りる証拠はないから、やはり「不明」を選択すべき義務を負うとは認められない。
 したがって、被告Yは不法行為責任を負わない。
(3)  被告会社は、建築士や不動産鑑定士のように取引物件の物的状態に関する調査能力を備えているわけではないから、特段の事情のない限り、瑕疵の存否及び内容について調査して説明すべき義務を負うものではなく、取引物件の現状を通常の注意により目視で観察した範囲で説明すれば足りる。
 被告会社が本件土地の売買を仲介した際、本件土地に浄化槽及び大谷石の擁壁が埋設されていることを疑うべき表徴があったとは認められず、その他被告会社が地中埋設物に関する話を聞いていたとか、原告から地中埋設物に関する調査依頼を受けていたといった事情も認められないことからすれば、被告会社が不法行為責任を負うとはいえない。


4 コメント
(1)  本件売買契約は平成30年7月に締結されていますので、現行民法ではなく令和2年改正前の民法(以下「旧民法」といいます)が適用されます。旧民法第570条は「売買の目的物に隠れたる瑕疵があったときは、第566条の規定を準用する」とし、同法第566条では瑕疵の存在により契約をした目的を達することができないときは買主は契約の解除をすることができ、契約の解除をすることができないときは損害賠償の請求のみをすることができる旨が定められていました。しかし、売主が知っていながら告げなかった事実を除いては、瑕疵担保責任を負わないという特約が有効とされていました。
(2)  本件の売買契約においては、上記1記載のとおり「本件土地の隠れた瑕疵について、引渡完了日から3か月以内に原告から請求を受けたものについて、修復に限り責任を負う」との特約が存在しました。
 旧民法では、買主が瑕疵の存在を知ってから1年以内であれば瑕疵担保責任を追及することが可能でしたが、本件での特約はこれを「引渡完了日から3か月以内」に制限する内容となっています。
 原告は平成30年8月31日に本件土地の引渡しを受けましたが、地中埋設物の存在を把握したのは約1年後の令和元年8月のことであり、特約で定めた「引渡完了日から3か月以内」という瑕疵担保責任を追及できる期間が既に経過していたため、やむなく不法行為責任を追及したものと思われます。
(3)  仮に、瑕疵担保責任を追及することが可能であったとすると、本件では原告の被告Yに対する請求が認められていた可能性が十分にあります。その意味で、不動産の売買契約を締結する際には、特約の内容に十分な注意を払う必要があるといえます。
(4)  現行民法においては、瑕疵担保責任は契約内容不適合に基づく債務不履行責任と位置付けられました。現行民法第562条本文は「引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる」と定め、同法第564条で損害賠償請求や解除権の行使も可能であるとされています。ただし、現行民法第572条でも売主が契約内容不適合責任を負わないとする特約は原則として有効とされていますので、依然として特約の内容に注意すべきであることに変わりはありません。
(5)  本件においては、地中埋設物の存在をうかがわせる表徴が存在しなかったことや、売主からも買主からも地中埋設物に関する話が出ていなかったことを根拠として、宅地建物取引業者の不法行為責任が否定されました。逆に言うと、何らかの表徴があった場合や、売買の当事者から地中埋設物に関する話が出ていたような場合には、宅地建物取引業者の責任が認められる可能性もありますので、注意が必要です。ただし、表徴が存在したり、話が出ていたりした場合でも、直ちに宅地建物取引業者の責任が認められるということではなく、状況に応じてどこまでの対応をすべきであったかが慎重に判断されることになると思われます。

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和6年11月号執筆分