土地使用貸借契約と収益の帰属
(大阪高判 令和4年7月20日)


弁護士 広瀬元太郎


1 はじめに

 親の相続税対策として、土地所有者である親が駐車場として賃貸している土地につき、その子らに対し無償で使用収益させる使用貸借契約を締結し、その子らは、駐車場の利用者から駐車場使用料を得ることとした。このようなケースにおいて、所得税法上、当該土地の駐車場収入は、親に帰属すると認められた事例である。

2 事案の概要

(1) 親であるAは、かなりの面積の土地を所有していた。子BCは、A所有の土地建物に無償で居住するなど、親密な関係にあった。
(2) Aは所有する土地(以下「本件駐車場敷地」という)を駐車場として賃貸していた。BはAの意向を受けて、相続税対策を税理士に相談したところ、相続発生時に、相続税納付のために遺産の不動産を売却することを避けるため、本件駐車場敷地をAからBCに無償で貸し、BCがAの貸主の地位を引き継いで貸主となり、駐車場利用者から収益を得ることの助言を得た。
(3) この助言により、AはBCとの間で平成26年1月、本件駐車場敷地の使用貸借契約を締結した。契約内容は、期間は平成26年2月から10年間、固定資産税等相当額を賃料としてBCに賃貸し、BCはAの承諾により各土地の転貸または賃借権譲渡等が可能、というものであった。
(4) 重ねて、AはBCとの間で、本件駐車場敷地上に敷設されたアスファルト舗装部分を贈与するとの契約も締結した。贈与契約書には、贈与物件においてAが営んでいた駐車場賃貸借契約について、BCが貸主の地位を引き継ぐこと等の記載がされていた。
(5) Aは、上記契約に基づき、本件駐車場敷地の賃貸借期間は、平成26年1月の1か月分のみであるとして不動産所得を申告した。これに対して、課税処分庁は、同年2月以降の駐車場賃料もAに帰属するとして、増額更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったため、Aは国に対して、本件各処分の取消訴訟を提起した。
(6) 第一審の大阪地裁は、法形式に準じた判断を行った。すなわち、BCに対してA所有の本件駐車場敷地を無償で使用収益させる使用貸借契約が成立しており、本件駐車場敷地の駐車場収益は、BCが当該土地の使用収益権に基づき第三者との間で駐車場に係る賃貸借契約を締結して当駐車場の収益を得ていること、Aは当駐車場の収益を得ていないこと等から、当該収益は所得税法上BCに帰属すると判断した。
(7) これを不服とした国は、控訴した。


3 本件の争点

 本件の争点は、@各使用貸借契約は有効に成立しているのか、という点と、A各使用貸借が有効に成立していた場合に、駐車場収益はAに帰属するのかという2点に分けられる。

(1)  争点@について
・Aの主張:アスファルト舗装の贈与契約に基づくBCの所有権取得を
 前提とする、アスファルト舗装底地の使用貸借契約が有効に成立して
 いる。減価償却資産の耐用年数表にも記載されていることから、アス
 ファルト舗装には財産的価値がある。よって、少なくとも税法上は、
 アスファルト舗装の贈与契約は有効である。
  仮に、アスファルト舗装の贈与契約が無効であったとしても、贈与
 契約時のAの意思として、アスファルト舗装や車止めブロック、フェ
 ンスを用いて本件駐車場を営んでもらおうとしていたし、BCもその
 点を合意していたのであるから、アスファルトの贈与契約は、無償で
 本件駐車場敷地に地上権を設定する贈与契約であったとも考えられる
 から、本件駐車場敷地の使用貸借契約は有効である。
・国の主張:アスファルト舗装は土地に付合するので、アスファルト舗
 装に土地とは別の所有権が発生しない。
  AとBC間には、使用貸借契約書が締結されている。これは、法的
 な合意の存在を明確にするためのものである。そのような契約書を締
 結しながら、「無償で本件駐車場敷地に地上権を設定する贈与契約」
 などという黙示の合意が別途あったという特段の事情は認められない
 。

(2)  争点Aについて
・Aの主張:使用貸借契約が有効に存在し、第三者から駐車場収益を得
 ている以上、駐車場収益はBCに帰属しAに帰属しない。
・国の主張:本件は、その実質は、土地所有者の承諾の下で親族が当該
 土地を駐車場として賃貸する場合と異なるところはなく、その形式上
 、使用貸借契約を締結していることの一事をもって、その収益が使用
 借主に帰属するものとは考えられない。仮に、親族等による駐車場の
 賃貸が、土地所有者の承諾によるものか、使用貸借契約の締結による
 ものかという一事をもって異にすることになるというのであれば、形
 式的に使用貸借契約を介在させることにより、所得の帰属を容易に他
 人に移転することができるようになり、実質所得者課税の原則を有名
 無実化する。


4 なぜこのような問題が発生するのか

 所得税法12条は次のように規定している「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。」これを、実質所得者課税の原則という。
 親族間の取引は、実質と形式が乖離している場合が多々あり得るうえ、その所得の実質帰属者がだれなのかについては、判断が困難であるし、その判断基準も明確ではない。

5 裁判所の判断

(1) 判断枠組
 まず、使用貸借契約が有効に成立したか否かについて検討し、それが有効に成立したと認められる場合には、BCが「単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合」に当たるか否かを検討する。
(2) @使用貸借契約は有効に成立しているのか、
 アスファルト舗装については、土地の構成部分であるから独立の所有権が成立する余地はない。使用貸借の対象物である本件駐車場敷地の一部である。税法上減価償却の対象となるとしても、それは税法上の制度であり、物権法上の概念と一致させなければならないものではない。
 しかし、使用貸借契約書には、使用貸借の目的は、BCが本件駐車場敷地を駐車場として使用することにある旨記載されていることから、本件使用貸借契約の対象を、アスファルト舗装部分も含む本件駐車場敷地と解したほうが自然で合理的である。したがって、使用貸借契約は、アスファルト舗装を含む本件駐車場敷地を対象として成立しているというべきである。
(3) A使用貸借が有効に成立していた場合に、BC以外の者がその収益を享受する場合に当たるのか
 所得税基本通達12−1は、「(所得税)法12条の適用上、資産から生じる収益を享受するものがだれであるかは、その収益の基因となる資産の真実の権利者がだれであるかにより判定すべきである。」と規定しており、この規定は合理的である。
 不動産所得である駐車場収入は、土地の使用対価として受けるべき金銭という法定果実であり、駐車場賃貸事業を営む者の役務提供でないから所有者が果実収取権を第三者に付与しない限り、元来所有権者に帰属すべきものである。
 本件使用貸借契約の締結により、Aは自己の果実収取権を、何らの対価なしに、法定果実の帰属をBCに移転したものと評価できる。しかし、果実収取権の付与は、その無償性から、いつでも撤回することができると考えられることからすると、AからBCへの使用貸借に基づく果実収取権の移転により、BCが当然に実質的にも本件土地からの収益を享受する者となったと断ずることはできないというべきである。
 さらに、本件取引の経緯についてみるに、Bは税理士にAの相続に係る相続税対策について相談し、Aの将来の遺産の増加の抑制と当面の所得税の節税のために本件取引を企図したものと認められる。
 そして、BCは本件各取引において特段の出捐(金銭負担)をしておらず、駐車場の管理はAが委託していた業者がそのまま引き継いでいることから、駐車場管理にBCが役務を提供したとも認められない。
 さらに、Aは本件駐車場以外にも、BCに対し、自己の土地建物に無償で居住させたうえ、その固定資産税もAが負担していた。これらの行為は、本件駐車場の法定果実収取権付与と同質のもので、BCがAから親族間の情宜により相当の援助を受けていた関係にあったといえる。
 そうすると、本件各取引は、Aの相続税対策であり、Aの所得をBCに形式上分散する目的で、法定果実収取権を付与したに過ぎないものと認められる。
 つまり、収益を支配していたのはAであり、BCは単なる名義人に過ぎず、Aがその収益を享受する場合にあたるといえる。
(4)  結論
 当該収益は、Aに帰属する。


6 まとめ、取引において注意を要すること

 本件を見る限りにおいて、裁判所は妥当な判断をしたと考える。
 そもそも、本件の発端は、税理士がこのようなスキームを示唆した点にあろう。したがって、本来は税理士の示唆の適正性の問題である。
 宅建業者が不動産についてのコンサルティングを行うにつき、依頼者からの税金に関する照会・相談は税理士法52条違反である(税理士資格を持たない者が税務相談を行うことは無償であっても禁止されている)。
 節税対策として中途半端な助言をすることは、依頼者に損害を生じさせ、ひいては自身もトラブルに巻き込まれる可能性が高い。実質所得者課税の原則がある以上、所得の帰属者については、契約の名義人や収益金の振込先等の形式的な点だけでは判断しされないということである。本業の税理士ですら判断を誤ることのある領域であるから、宅建業者が判断するのは危険である。税務の点については、必ず、税理士や税務署で確認するようアドバイスをすることは必須である。

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和7年3月号執筆分