「販売価格の値引きに代えて受けた       
    諸費用の肩代わり及び商品券の所得該当性」


税理士 小 山 馨


1. はじめに

 新築マンションの販売に際し、買主側から値引きを求められた際、マンション販売価格の値引きに代えて、家具等や商品券の提供、および登記費用・修繕積立金などの諸費用を肩代わりすることがあります。
 この事案は、国税不服申立てにおける、審査請求人(以下「請求人」という。)が、居住用マンションを購入した際に、売主からマンション販売価格自体の値引きに代えて諸費用の肩代わりや商品券の提供を所得と認識せず総所得金額に含めないで所得税等の確定申告をしたところ、課税庁は、請求人には諸費用の肩代わりや商品券の提供を受けたことで課税されるべき経済的利益が生じており、当該経済的利益は雑所得に該当するとして更正処分等を行いました。これに対し、請求人は、売主からのこれら提供は売買代金の支払いと対価関係にあり、課税対象となる経済的利益は生じていないとして、その全部の取消しを求めたものです。
 令和5年に類似する裁決が4件生じており、事実関係には多少の違いはあるものの、主な論点は共通しています(下表参照)。今回は、令和5年6月14日東裁(所)令4第130号について解説します。

裁決年月日 裁決番号 付帯サービスの内容
令和5年1月26日東裁(所)令4第75号 諸費用負担、商品券
令和5年4月14日東裁(所)令4第113号 未経過固定資産税、諸費用負担、商品券
令和5年5月19日東裁(所)令4第118号 諸費用負担
令和5年6月14日東裁(所)令4第130号 未経過固定資産税、諸費用負担、商品券


2. 事案の概要

(1)
 請求人は、本件マンションの売主(以下「本件売主」という。)と販売代理契約を締結していた本件販売代理会社の担当者(以下「本件販売担当者」という。)に対し、本件マンションの居室購入について相談をした。 その際、本件販売担当者は、請求人に対し、本件物件の売買価格を42,780,000円と案内したが、請求人は、当時購入を検討していた近隣の競合物件と比較して本件物件の売買価格が割高であるとして、本件販売担当者に対し値引きを要請した。
 本件販売担当者は、請求人から値引きの要請を受けて、本件売主と協議の上、請求人に対し、本件売主の方針により本件物件の売買価格自体の値引きは行っていないものの、諸費用及び商品券で総額約数百万円を本件売主の負担とすることにより実質的に値引きと同様の対応ができる旨を提案した。
 請求人は、これらの提案を受けて、平成30年12月1日、本件物件に係る購入申込書により、本件売主に対して本件物件の購入を申し込んだ。
 購入申込書には、要旨、申込日として平成30年12月1日、契約予定日として12月8日、登録/申込時の売買代金(税込)として42,780,000円と記載されているほか、備考欄には、「 諸費用サービス約β円、商品券サービス約γ円、合計α円等、詳細は覚書にて」と記載されている。

(2)
 請求人と本件売主は、平成30年12月8日付で、本件物件に係る売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、買主を請求人、売主を本件売主とし、要旨以下のとおり記載された土地付区分所有建物売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)を取り交わした。
  A:売買物件を本件物件とする。
  B:本体価格を40,274,924円、消費税及び地方消費税の額を2,505,076円
    とし、売買代金を42,780,000円とする。
  C:手付金1,080,000円を本件売買契約の締結時に支払い、本件物件引渡
    時に残代金41,700,000円を支払う。
  D〜J(省略)

(3)
 本件契約に関し、覚書と題する書面(以下「本件覚書」という。)、本件覚書による合意事項(以下「本件合意」という。)を作成しているところ、本件覚書には請求人と本件売主が、以下の合意をする旨記載されている。
 @以下の購入に係る諸費用(以下、「本件総諸費用」という。)を本件売主の負担とする。
  (内訳)
   ・登記費用β@
   ・固定資産税等概算金βA
   ・修繕積立金及び管理準備金βB
   ・保証料等βC
   ・その他βD
 A以下を本件売主の負担とする。
   ・商品券γ円(以下、「本件商品券」という。)
 B本件売買契約の定め及び本件覚書の内容が、請求人と本件売主間の合意のすべてであり、他に特約は一切存在しないものとする。

(4)
 請求人は、平成30年の所得税等申告について、本件売主から提供された本件諸総費用及び本件商品券を所得と認識しておらず、これらを総所得金額に含めないで所得税等の確定申告をしたところ、課税庁は本件覚書に基づき本件総諸費用並びに本件商品券(以下「本件総諸費用等」という。)を本件売主が負担したことにより、請求人に所得税法第36条1項括弧書の経済的利益が生じており平成30年分所得税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行った。

(5)
 請求人は、この更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を不服として国税不服審判所(長)に審査請求した。


3. 争点

 本件総諸費用負担等により所得税法第36条第1項括弧書に規定する「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」が生じているか否か。


4. 争点に対する主張

課税庁 請求人
 次のことから、本件総諸費用負担等により所得税法第36条第1項括弧書に規定する「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」が生じている。

 次のことから、本件総諸費用負担等により所得税法第36条第1項括弧書に規定する「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」は生じていない。

 本件覚書において、本件商品券及び本件総諸費用について本件売主の負担とする旨の合意がされた上、請求人が本件売主から本件商品券を受領するとともに、本件販売代理会社が本件売主へ送金する金額から本件総諸費用の金額が相殺され、本件売主が本件総諸費用を本件物件の販売に係る原価として経理処理していることから、請求人は、本件総諸費用負担等により、本件商品券の譲渡を無償で受けるとともに、本件総諸費用に係る債務について、請求人の支払によらず本件売主の負担を受けている。これは、本件商品券及び本件総諸費用に関して通常生じるべき請求人の負担について、請求人の支払によらず、本件売主が負担する旨を合意したものであると解される。
 したがって、本件売買契約書及び本件覚書の記載内容からは、請求人及び本件売主が、本件物件を42,780,000円で売買するとともに、本件総諸費用負担等を無償により行う旨の合意をしたものと解すべきである。

 請求人及び本件売主は、商談の結果、本件物件の売買価格についてはパンフレットの価格から減額せず、本件売主が本件総諸費用負担等を行うことを合意し、当該合意の内容に基づいて本件売買契約書及び本件覚書を作成したものと認められるから、本件売買契約の締結等に至る経緯からも、本件物件の譲渡及び本件総諸費用負担等の対価として本件売買契約書に記載された代金(以下「本件代金」という。)が支払われたとみられるような事情は認められない。

 本件覚書は、本件売買契約書を原契約とし、これに関する取引条件を合意する内容であること、原契約(本件売買契約書)の定め及び本件覚書の内容が、買主と売主の合意内容であることを明記した上、本件総諸費用負担等の取引条件を記載して本件売買契約書と同時に取り交わされたものである。
 一般に、覚書とは、原契約と一体のものとして契約内容を構成するものであるところ、本件売買契約書と本件覚書の内容に鑑みれば、本件覚書は、本件売買契約書の内容(取引条件)を一部修正・補充する趣旨で、本件売買契約書と一体のものとして作成されたものである。
 また、請求人は、本件物件のみを代金42,780,000円で購入することには応じなかったが、本件販売担当者から本件総諸費用負担等を行うとの取引条件を提示されたことから、本件申込書を提出し、本件売買契約の締結に至った。
 そして、本件総諸費用負担等の内容も、換金可能な商品券を交付し又は本来他人が負担すべき費用を負担する行為であり、その額も多額であって、通常、第三者間の取引において無償で行われる性質のものではない。
 このような本件売買契約及び本件覚書の内容、その締結に至る経緯並びに本件総諸費用負担等の内容に照らせば、本件売買契約は、本件売主から本件物件の譲渡と併せて本件総諸費用負担等が行われることを条件として、請求人が本件代金を支払う内容のものであり、本件物件の譲渡のみならず、本件総諸費用負担等もまた、本件代金の支払と対価関係又は実質的にこれと同視できる関係にあり、無償によりこれを受けたものではない。

 売買の目的物たる財産権の移転と併せて他の財産権の移転や役務の提供を行い、相手方がこれらの給付に対し代金を支払うことを約することも自由であるところ、本件総諸費用負担等は本件売買契約に伴う取引条件の一つであり、その経済的実質において、本件物件の売買代金を本件総諸費用負担等の価値相当額だけ値引きした上で、併せて本件総諸費用負担等を当該価値相当額の対価の支払を受けて行う場合と何ら異ならない。



5. 国税不服審判所の判断

 争点について、審判所は、「課税庁(裁決においては原処分庁と記載されている。)は、請求人及び本件売主が本件物件を42,780,000円で売買するとともに、本件総諸費用負担等を無償により行った旨主張するのに対し、請求人は、本件総諸費用負担等が42,780,000円の支払と対価関係にある旨主張するので、以下においては、本件総諸費用負担等が42,780,000円の支払と対価関係を有しない無償のものであるか否かについて、本件売買契約及び本件合意に至る経緯並びに本件売買契約書及び本件覚書の内容を検討する。」。

 「本件売買契約書には、売買の目的物を本件物件とした上で、『売買代金』欄には、本体価格と消費税及び地方消費税の額の合計額である『42,780,000円』と記載されている。また、・・・・・本件覚書は、本件売買契約を原契約として、本件売買契約書に関連して作成されたものであるところ、・・・・・本件差引総諸費用負担等について本件売主の負担とする旨記載されているが、本件物件の売買価格に関する記載はない。そして、・・・・・本件売買契約の定め及び本件覚書の内容が、請求人と本件売主の間の合意の全てであるとされているところ、念のため、本件売買契約に関して作成された本件申込書の内容を検討しても、本件差引総諸費用負担等が上記42,780,000円と対価関係を有すること、又は、本件差引総諸費用負担等を上記42,780,000円から値引きすることをうかがわせる記載は見当たらない。 そうすると、請求人及び本件売主との間で、本件売買契約書及び本件覚書において合意したのは、売買の目的物である本件物件の対価として売買代金42,780,000円を支払う旨の内容であり、本件差引総諸費用負担等が上記42,780,000円の支払と対価関係を有する旨、あるいは、本件差引総諸費用負担等を上記42,780,000円から値引きする旨を合意したものとは認められない。」。

 「本件売買契約及び本件合意における請求人と本件売主との間でなされた私法上の合意内容は、上記のとおりであると認められるところ、・・・・・本件売買契約及び本件合意において、本件差引総諸費用負担等は、本件売買契約の目的物である本件物件とは別に、本件売主から請求人に無償で提供されたものであったというべきである。
 そうすると、請求人には、本件合意により外部から本件差引総諸費用負担等に係る経済的価値の流入があったというべきであり、所得税法第36条第1項括弧書に規定する『金銭以外の物又は権利その他経済的な利益』が生じていると認められる。」とした。


6. 検討及び本裁決から学ぶこと

 本件審査請求において、請求人の主張は認められず、本件差引総諸費用負担等は本件売買契約との対価関係にはなく、本件売主から提供された本件差引総諸費用負担等は経済的利益に該当すると判断された。

 とはいえ、本裁決には疑問が残る。本件売買契約書、本件覚書の内容を総合的に検討し、また売買契約に至った経緯を考慮するのであれば、本件差引総諸費用負担等はマンション販売時の値引きに代えて売主から提供されたものであり、マンション購入代金の支払いと対価関係にある、という理解が成立しうるように思われる。

 契約内容の判断については「複数の契約書がある場合でもそれらを総合して解釈すべき」とする見解が存在する。さらに、「契約の解釈にあたっては、当該契約の形式のみに捉われることなく、契約当事者の意図している経済関係、取引経緯等を総合勘案して判断するのが相当」と述べる裁決も存在する。このような考えに基づき本件を総合的に検討するならば、本件差引総諸費用負担等がマンション販売の対価に該当するという請求人の主張は十分な妥当性を有する。

 本件総諸費用負担等の内容は、換金可能な商品券を交付し、本来購入者が負担すべき費用を負担する行為であり、その額も多額である。請求人が主張するように、一般的には、第三者間同士において無償で行われる性質のものとはおおよそ考えられず、本件売主が何の対価を求めることなく、本件差引総諸費用負担等を提供するという考えはあまりにも不自然な解釈といえる。

 不動産販売時に提供されるさまざまな付帯サービスの所得該当性について、今後の裁決例や裁判例の積み重ねが待たれるところではあるが、現状、本事例は希少な事案であり実務上軽視することはできない。さしあたり、値引きに代えて提供される諸費用の肩代わりや家具・商品券の提供については、不動産売買契約書あるいは覚書に不動産販売との対価関係を明確に記入しておくことが肝要といえる。





             

審判所は、本件総諸費用負担等及び商品券から負担合意済みの固定資産税等相当額を除いた部分(以下「本件差引
 総諸費用負担等」という。)を経済的利益対象の検討対象にすると判断している。
川島武宜、平井宜雄、『新版解釈民法(3)総則(3)法律行為(1)』78頁(有斐閣社2003年)


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和7年7月号執筆分