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1.はじめに
個人が居住用不動産を譲渡した場合、その家屋及び土地等の譲渡所得について、一般的には租税特別措置法(以下「措置法」という。)第35条の適用(居住用財産の譲渡所得の特別控除)があります。
ところで、譲渡した土地または土地の上に存する権利が「その居住の用に供している家屋」又は「その居住の用に供している家屋で居住の用に供されなくなったもの」の敷地に該当するかどうかは事実認定の問題であるが、通常の場合、これが問題となることはあまりありません。しかし、居住用家屋とは別個の独立した構築物と認められるような大庭園や大規模な自家用のゴルフ練習場のようなものが、当該家屋に隣接して設けられているような場合には、当該家屋の敷地とこれらの構築物の敷地の区分が問題となります。
今回は、一団の不動産が居住用及び温室・倉庫など複数の用途に供用されていた敷地に係る判例を参考に、留意点等を検討していきます。
2.居住用財産を譲渡した場合の特別控除
一団の土地に居住用家屋と居住用以外の建物が建っている場合、その居住用家屋と建物の間に塀などの遮蔽物が存在するならば、その遮蔽物で区分されていた居住用家屋及びその敷地に係る譲渡所得について、概ね措置法第35条が適用されます。
また、居住用家屋と建物の間に遮蔽物が存在しない場合、措置法35条の適用対象となる敷地の範囲は事実認定如何となります。措置法通達第31条の3-12(居住用家屋の敷地の判定)によれば、「譲渡した土地等が措置法第31条の3第2項に規定する居住の用に供している家屋の敷地に該当するかどうかは、社会通念に従い、当該土地等が当該家屋と一体に利用されている土地等であったかどうかにより判定する。」と規定されています。もちろん、納税者側は、居住用家屋の敷地に該当するかどうかという判断について自ら立証する責任を負うこととなります。
3.建物の建築面積によって譲渡所得を案分した事例
@ 事実の概要
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原告Xの父は、昭和59年ころ不動産目録1〜8記載の各土地(以下「本件土地」という。)を取得し、その後、同目録9〜13記載の各建物(以下、「本件建物」という。)を建築した(以下、本件土地および本件建物を併せて「本件不動産」という。)。
以下、同目録9記載の建物を「本件住宅」、同目録10記載の建物を「本件車庫・倉庫」、同目録11記載の建物を「本件倉庫」、同目録12、13の建物を併せて「本件温室」、本件温室以外の各建物を併せて「本件住宅等」という。

平成14年3月6日訴外C社に対し、Xは自らが居住の用に供していた本件建物、および本件土地を約1億4,500万円で売り渡した(以下「本件譲渡)という。)。
Xは、本件不動産について、措置法第35条の居住用家屋の敷地にあたる部分の割合(以下、「居住割合」という。)を89.58%と判断し、平成15年3月、以下の内容で確定申告書を提出した。

被告Y(課税庁)は、Xのこの土地に係る実際の利用状況の把握が困難であり、居住の用に供していた建物と居住の用以外の用に供していた建物の建築面積の案分による本件土地の居住割合が33.2%であると判断した。
Yは、取得費の一部に誤りがあり、譲渡資産の一部について措置法第35条の適用が非該当となったため、平成15年7月7日付でXの平成14年分所得税につき更正処分を行った。

Xはこの処分を不服として本訴を提起した。
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A 争点
本件不動産について居住割合はどれだけか。
B 争点に対する主張
原告Xの主張
本件譲渡当時、本件土地の総面積3339.26uのうち、本件住宅等
の敷地に当たらない部分は、本件温室の底地として利用されている建築面
積合計347.76uのみであり、残りの2991.50uは、本件住宅
等の底地や庭地等として利用されてきたので、本件土地の居住割合は
89.58%である。
被告Yの主張
Xは本件温室の底地以外の本件土地が本件住宅等の敷地の用に供されて
いた旨主張するが、被告所部係官による税務調査開始時においては、本件
建物は取り壊され、本件土地も既に造成されており、本件譲渡当時におけ
る本件不動産の利用状況を確認することができず、関係各証拠からもこれ
を明らかにすることができない。
そうすると、本件土地の居住割合は、居住の用に供されていた本件住宅
等の合計建築面積172.58uを、これと居住の用以外の用に供してい
た本件温室の合計建築面積347.76uを加えた520.34uで除し
た33.2%と算出するのが合理的である。この方法は、過去の判例に
おいても是認されている。
C 裁判所の判断
「譲渡した土地等が居住用家屋の敷地に該当するかどうかは、前記(措置法通達31の3−12)のとおり、その具体的利用状況、土地に関する権利関係、当事者の認識等を総合して、社会通念に従い、当該土地等が当該家屋と一体として利用されている土地等であったかどうかにより判断するのが相当である。」、「もっとも、一団の土地上に、居住用家屋とそれ以外の建物とが混在し、両者の間に塀や障壁等が存在しないため、土地の具体的利用状況が不明確な場合には、上記の判断基準によっても、どの範囲が居住用家屋の敷地でどの範囲がそれ以外の建物の敷地であるかが必ずしも容易に判断し得るとは限らない。」。
「上記のような場合であっても、居住用建物の敷地とそれ以外の建物のそれとの割合的数値が算出可能であるならば、そのような割合でもって譲渡所得を分割した上、前者について特別控除を適用するのが措置法第35条の立法趣旨や課税の謙抑性の精神に合致すると考えられるところ、経験則上、上記の割合は、特段の事情が存しない限り、当該建物の建築面積(底地面積)の比率に近似すると考えられる。そうすると、被告の主張するとおり、かかる場合には、全建物の建築面積に占める居住用家屋のそれの割合を判定し、この割合を譲渡所得に乗じて算出した金額について、上記特別控除を適用するのが合理的というべきである。」。
「したがって、納税者は、上記のような一団の土地の具体的利用状況を明らかにすることができないとしても、居住用建物の建築面積さえ立証すれば、上記の割合的判定による特別控除の適用を受けることができる反面、これを超えた範囲についても居住用家屋の敷地であることを主張しようとする場合には、その主張する範囲の土地が居住用建物の敷地として利用されていた具体的事情の立証責任を負担すると解するのが相当である 。」。
「本件土地は、居住の用に供されていた本件住宅等とそれ以外の用に供されていた本件温室の双方の敷地として一体的に利用されていたもので、その利用状況が明確であったとはいえないので、措置法第35条所定の特別控除については、両者の建築面積によって譲渡所得を案分した上、前者に相当する譲渡所得のみから控除するのが相当である。」。
「本件住宅等の合計建築面積は172.58uであり、本件温室のそれは347.76uとなる。そうすると、居住用家屋の敷地の面積割合は172.58uを520.34uで除した33.2%であり、それ以外の建物のそれの面積割合は66.8%となる。」とした。
4. 検討
判決は、Xへの尋問、質問顛末書、登記簿謄本、図面、航空写真を用いてもなお本件不動産について利用状況の詳細が釈然としないこと、Xが提出した利用状況を映した写真においても詳細が不明であることなどを理由に、本件土地の利用状況を確定するには至らないとして、措置法第35条所定の特別控除については、両者の建築面積によって譲渡所得を案分した上、前者に相当する譲渡所得のみから控除するのが相当と判断しました。
居住用とともに複数の目的に供用していた一団の土地を譲渡する場合、居住割合は、測量図、登記簿謄本、固定資産税の課税状況、利用状況を映した写真などを用いて納税者自ら立証しなければなりません。仮に、利用状況が判然としないまま譲渡してしまった場合、或いは譲渡以前に遮蔽物等を撤去し更地にしてしまったため利用状況を具体的に示すことができない場合には、居住割合の立証が困難となるため、本事例のように両者の建築面積により譲渡所得を案分する可能性が高いでしょう。
実務上、相続等により代々引き継がれてきた一団の土地について、土地等の取得費が不明である、或いは取得額が極めて少額であるケースが多いように思われます。このような場合、措置法第35条が適用される居住割合はより切実な問題となります。
居住用財産に供されている敷地であることを具体的に証明するため、まずは、土地周辺の外観を整理整頓し利用状況を明確にしてください。次に測量図の有無を確認し、測量図がないときは簡易測量することをお勧めします。簡易測量が難しいようであれば、少なくとも巻尺・レーザー距離計などを用い自ら測量を実施し、測量数値を写真等に保存するとともに、航空写真をウェブサイト等から入手し、その測量した数値を記載し保存しておきましょう。もちろん利用状況の詳細を写真撮影し、データ保存しておくことも忘れないでください。
今回取り上げた事案では、建物の建築面積比で譲渡所得を案分することとなりましたが、この計算方法が確定的ということではありません。実務では状況に応じて、それぞれの延べ床面積比で案分するケースも散見されます。
武田昌輔『DHCコンメンタール所得税法第6巻』6419頁(第一法規、加除 式)。
名古屋裁判平成18年2月23日 所得税更正処分等取消請求事件(棄却) (確定)。
大阪地裁判昭和40年8月31日判決 税務訴訟資料41巻983頁。
下線は筆者加筆。
同上。
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(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和7年10月号執筆分 |
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