建物の処分をさせないために設定した
仮登記の抹消請求が認められた事例


弁護士 宮下幾久子


今回は、子の将来を心配して子の名義で建物を購入した親が、勝手に子が建物の処分をしないように、売買予約を登記原因とする所有権移転請求権仮登記を設定したところ、子から当該仮登記の抹消請求がなされ、その請求が認められた事例を紹介します。

事案の概要は次の通りです。
(1)  Yは、昭和44年にXを出産し、Aは同年Xを認知した。その後YはBと婚姻し、昭和49年、XはBと養子縁組をした。
 Xは成人後も定職に就くことなく、Yが所有するマンションやYが借りたマンションに居住していた。Xはニュージーランドに留学したが、帰国後の平成17年頃、うつ病と診断された。

(2)  Yは、そんなXのことを心配し、Xがうつ病で働くことができず収入がなくても、居住する場所があれば自立の一助となると考え、本件建物を不動産業者Cから購入することを計画した。YはXの実父であるAに本件建物の購入資金を提供してくれるよう依頼し、Aはこれに応じて2000万円を支払った。

(3)  平成19年12月19日、不動産業者Cとの間で本件建物につき売買契約が締結された。売買契約書の買主欄にはXの氏名が記載され、その下に「上記代理人」としてYの署名押印がなされた。
 当時、Xは、うつ病やその治療薬の副作用により、自ら売買契約書を作成することが困難な状態にあったため、Yが不動産業者Cとの契約交渉や契約書作成等の手続きを行い、売買契約書の原本はYが保管していた。

(4)  Yは、Xが本件建物を売却してしまわないように、本件建物に仮登記を経由することとし、本件売買と同時に売買予約契約書を作成した。
 その売買予約契約書には、Yは20年後である平成39年12月31日までに売買完結の意思表示をすることができ、Yが当該意思表示をしたときにXY間に売買契約が成立するとの規定があったが、売買代金額の記載はなかった。
 XはYの指示により、売買予約契約書に署名押印し、仮登記が経由された。

(5)  Xは、平成19年度の贈与税申告において、Aから本件建物購入費用2000万円の贈与を受けた旨の申告をした。
 Xは、本件建物に居住するようになり、ある程度仕事ができるようになってからは、本件建物の固定資産税を負担した。
 Xは、その後もうつ病の影響で定職に就くことができず、Yや親族等から経済的支援を受けて生活している。

(6)  XとYとの関係が良好とはいえない状態の中、Xは、令和2年に、本件建物の所有権に基づく妨害排除請求として、本件建物につき経由された所有権移転請求権仮登記の権利者であるYに対し、同登記の抹消登記手続きを求めて提訴した。

裁判で争点となったのは、次の2点です。
(1)  不動産業者Cから本件建物を買い受けたのはXか
 XのYに対する仮登記の抹消請求は、Xが所有者であることを前提としているところ、Yからの反論として、Aから2000万円の贈与を受けて本件建物を購入したのは実質的には自分であるとの主張がなされました。

(2)  XがYに対して本件仮登記の抹消請求をすることが権利濫用にあたるのか
 Yは、そもそも本件建物をX名義にしたのはXの自立を願い、Yが将来死亡した際に確実に本件建物をXに帰属させようとしたためであり、その事情を知ったうえでXY間で20年間は本件建物の名義を変更しない旨合意して本件売買予約をしたXが、Yに対して本件仮登記の抹消登記手続請求をすることは信義則に反し、権利濫用にあたると主張しました。

裁判所は各争点について、次のように判断しました。
(1)  本件売買の買主について
 Yが実質的買主であるとのYの主張は、売買契約書、売買予約契約書、不動産登記、贈与税申告書の記載と整合せず、採用することはできない。
 売買契約書上、YはXの代理人としてCとの間で本件建物の売買契約を締結していることから、本件売買の買主はXである。

(2)  権利濫用の主張について
 前提として、本件売買予約は、XがYに無断で本件建物を売却することを防ぐために便宜的になされたものであり、XYいずれも将来XY間で売買契約を締結する意思は有していないのであるから、売買予約契約としては無効である。
 Yが、子であるXの将来を案じ、Xがうつ病で働くことができなくても本件建物があれば住むところには困らないと考え、A(Xの実父)から資金提供を受けて本件建物を購入するとともに、Xがうつ病の影響で慎重な判断ができないままYに無断で本件建物を処分してしまうことがないよう本件仮登記をしたこと自体は、親としての情愛や配慮に基づくものであり、尊重に値する。

 しかし、前述したように本件売買予約契約が無効であること、XY間で本件建物を売却しないという合意がなされたことを認めるに足りる証拠もないことからすると、実体的な物件関係と一致しない本件仮登記は本来抹消されるべきものである。成年被後見人でもないXが、所有する本件建物を自らの判断で自由に処分できないという状況は適当なものとはいえない。

 特に、XとYの関係は現在良好とはいえず、Xが本件建物の所有権を主張している状態にあることからすると、本件仮登記の抹消請求を認めなければ、所有権者でありながら自らの判断で自由に本件建物を処分できないという状況が長期間にわたり継続してしまうことになり、その不都合は大きい。
 Yが本件仮登記をした動機は首肯できるものであるとしても、Xが現時点において本件仮登記の抹消請求をすることは社会通念に照らして不当なものであるとはいえず、権利濫用にあたるということはできない。

まとめ
 本事案では、子の将来を心配するあまり、親が子と売買予約契約をして所有権移転請求権仮登記を設定しました。目的はあくまで子による建物の処分を防ぐためであり、実際に将来売買をする意思はありませんでした。実体を欠く便宜的な方法であったといえます。
 このような方法は不動産取引経験の少ない一般顧客だとなかなか思いつかないので、おそらく売主である不動産業者に相談をし、アドバイスを受けたと推測されます。
 顧客の希望や目的を達成するために、知恵を絞っていろいろな方法を検討することになりますが、あまりに実体と離れた方法をとってしまうと、本件のように、あとでその効力を否定されてしまうおそれがありますので、慎重に検討するようにしましょう。

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和7年12月号執筆分