媒介契約が成立していないとして報酬請求が棄却された事例
(東京地方裁判所・令和3年3月30日判決)


弁護士 板野 充倫


1 事案の概要
 原告は宅地建物取引業等を営む会社である。被告は建築材料の販売等を営む会社である。被告は、本件訴訟で問題となった不動産(以下「本件不動産」という)の隣地を事業に使用していた。

 原告の担当者は、本件不動産の売却情報を得て、令和元年5月22日、同不動産の物件概要書を持参して被告を訪問し、本件不動産を紹介した。同物件概要書では、24億円と記載された売却価格が手書きで23億円に修正されており、取引態様については「媒介」と記載されていた。
 原告の担当者は、被告の執行役員に対し、同年6月19日、「第1交渉権の意味合いのあります『買受書』を参考にお送りしております。今朝、先方の不動産担当者と話しましたら、すでに数件動きがあるようです。まだ買受書は出てはないようですので、まずは速やかに動いた方がよさそうです。」と記載したメールを送信した。
 被告は、原告に対し、同年6月21日、本件不動産を所有するA社宛ての同不動産を22億円で購入する旨の買受申出書を交付した。原告は、売主側の仲介業者に対し、買受申出書を受領したことなどを伝え、同社から売買契約書案及び重要事項説明書案を受領した。

 同年6月27日、被告の担当者は原告の担当者の案内により本件不動産を内見した。被告の執行役員は、内見時に本件不動産に派手な宣伝用トラックが複数台停車していたことが気になり、本件不動産を所有するA社について調査したところ、同社の代表者であるFが法人税法違反で起訴されたこと、同人が風営法違反で逮捕され、同法違反で懲役6月・執行猶予5年等の有罪判決を受けたこと、Fが多くの風俗産業を全国で経営し、「風俗王」と呼ばれていたことなどが判明した。
 被告は、上記調査結果を踏まえ、A社及びFが反社会的勢力又はその密接関係者である可能性を否定できないとして、本件不動産に係る取引を中止することとした。被告の執行役員は、同年6月28日、原告を訪問し、建物解体費用が高額になり、予算が厳しいなどとして本件不動産の購入を断念する旨を伝えた。
 原告は、同年7月8日、被告に対し、他の物件の紹介もできるとの連絡をし、同年9月6日、実際に他の物件を紹介するなどした。

 被告は、取引先であるD社に対し、本件不動産取得に係る上記経緯を説明したところ、D社から、被告が本件不動産を取得できる方策がないか検討させて欲しいとの申し出を受け、その後、D社から、本件不動産をB社が取得することになったとの連絡があった。被告は、B社から本件不動産を取得することは問題ないと判断し、令和元年9月6日、D社を仲介人として、B社から本件不動産を24億3500万円で購入し、同月20日、所有権移転登記手続をした。
 原告は、遅くとも原告が被告に本件買受申出書を交付した時点で、原告と被告との間に本件不動産の売買に係る仲介契約が成立しているとして、被告に対し、仲介報酬として7266万6000円の支払いを求めて本件訴訟を提起した。

2 争点
 東京地方裁判所は、本件の主要な争点を「原告と被告との間で仲介契約が成立したか否か」とした。

3 裁判所の判断(原告の請求を棄却)
(1)  原告と被告との間の本件不動産の購入の仲介に関する契約書等の文書はなく、仲介を依頼したと認めるに足りる客観的な証拠はないことからすれば、原告と被告との間で明示の仲介契約が成立したと認めることはできない。

(2)  また、原告は、被告が本件不動産を取得する場合の媒介人となることなど、買主側の仲介人となるとの話や、媒介報酬等を含めた媒介契約の条件等を説明したとは認められないこと、原告は不動産取引を専門とする業者であるにもかかわらず、被告に対し、宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買又は交換の媒介の契約を締結したときに交付すべき書面を交付していないこと、本件買受申出書について、被告が本件不動産を購入する確定的な意思を示したとは直ちには解せないことなどからすれば、原告と被告との間で本件不動産の売買の仲介契約が黙示で成立したとも認められない。

(3)  以上によれば、原告と被告の間で、被告が本件不動産を購入することについての明示又は黙示の仲介契約が成立していたとは認められないから、これを前提とする原告の報酬請求は認められない。また、上記仲介契約が成立していたことを前提に、被告が本件不動産の売買契約の成立を故意に妨げたことを理由とする民法130条による報酬の請求も理由がない。

(4)  原告は、本件物件概要書を用いて被告に本件不動産を紹介したり、被告に本件不動産を案内したりしたこと等が認められる。しかし、これらの事実は、不動産取引を業とする原告の営業行為にとどまるとも解されることからすれば、これをもって、商法上の商人が、その営業の範囲内において他人のために行為をしたとして同法512条により相当の報酬を請求し得る場合に当たると解することはできない。

(5)  また、被告が本件不動産の取得を断念したのは、本件不動産の所有者の代表者であるFが反社会的勢力に関与している疑いが判明したからであるが、Fの前科等からすれば、そのような疑いを抱くことは不合理とは言い難く、被告が、原告を排除しようとして、原告に虚偽の本件不動産の購入を断念する旨告げたとは認め難いことからすれば、本件において、民法648条3項を類推適用することはできないというべきである。

(6)  以上によれば、原告の請求は理由がないので、これを棄却する。


4 控訴審判決
 原告は、上記判決を不服として控訴したが、令和3年11月4日、東京高等裁判所は本件控訴を棄却するとの判決を言い渡した。
 控訴審判決においても、基本的に原審と同様の理由が示されたが、「宅地又は建物の売買又は交換の媒介契約を締結したときに法定記載事項が記載された書面を作成して依頼者に交付すること(宅地建物取引業法34条の2第1項)は、宅地建物取引業者における基本的かつ重要な義務であるにもかかわらず、当該書面が交付されていないことは、媒介契約自体が成立していないことを推認させる事情として考慮すべきである」と述べられていることが注目される。

5 コメント
(1)  原告は本件において、商法512条、民法648条3項(類推適用)、民法130条1項を請求の根拠としました。これらの内容は次のとおりです。
 【商法512条】
 商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。
 【民法648条3項】
 受任者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
 1 委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の
   履行をすることができなくなったとき。
 2 委任が履行の中途で終了したとき。
 【民法130条1項】
 条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができる。

(2)  宅地建物取引業法34条の2は「宅地建物取引業者は、宅地又は建物の売買又は交換の媒介の契約を締結したときは、遅滞なく、次に掲げる事項を記載した書面を作成して記名押印し、依頼者にこれを交付しなければならない。」と定めており、通常は媒介契約書がこの書面に当たります。本件では、原告は宅地建物取引業者であるにもかかわらず、媒介契約書を締結していませんでした。この事実や、被告がA社が反社会的勢力又はその密接関係者である可能性が否定できないと懸念して購入を断念したことは不合理とはいえないこと、被告が原告とは別の宅地建物取引業者であるD社の工夫により本件不動産を取得したこと等を考慮すると、原告の請求を棄却するという結論自体に違和感はありません。
 ただ、裁判所は、原告の被告に対する一連の働きかけを「原告の営業行為にとどまるとも解される」と述べ、原告と被告の間で黙示の仲介契約が成立していたとは認められないと判断したことについては、疑問の余地がないわけではありません。原告が被告の執行役員を現地に案内したこと、原告の担当者が買受申出書について「第1交渉権の意味合いもあります」と述べたこと、23億円で売り出されている不動産について22億円の買受申出書を交付したのは被告が原告に本件不動産の所有者側と22億円で売買契約を締結することについて交渉を依頼しているようにも思われること、原告が所有者側の不動産業者から売買契約書案等を受領したことなどを考慮すると、個人的には黙示の媒介契約が成立していたと解釈する余地はそれなりにあったのではないかと思いました。
 黙示の媒介契約が成立している可能性はあるとした上で、正当な理由により当該媒介契約は終了したと判断したり、専任媒介契約とまでは認められないので他社の媒介により本件不動産を取得することは妨げられないといった理由で請求を棄却したりすることも可能であったのではないかと思います。

(3)  もちろん、宅地建物取引業者としては、「黙示の媒介契約」などという曖昧さの残る理論に期待するのではなく、「適切な時期に媒介契約書を締結しておかなければ報酬を請求することは困難である」と考えて行動すべきであることは申し上げるまでもありません。


(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和8年1月号執筆分