融資特約の延長合意のない売買代金の支払期限の延長合意により
融資特約は失効したとして売買残代金の不払いを理由とする売主
の債務不履行解除に基づく違約金請求を認容した事例     


弁護士 橋 田  浩


1 はじめに

 不動産売買において買主が代金の支払いに金融機関からの融資を利用することが多々あります。しかし、金融機関による融資の審査は、売買契約締結後に、これを前提として行われるのが通常ですので、売買契約締結の時点では、買主が金融機関から融資を受けられるかどうかが確定していません。そこで、不動産の売買契約においては、買主が金融機関から融資を受けることができなかった場合には、買主は手付放棄等の負担を負うことなく売買契約を解除することができるという融資特約が付加されることがしばしばあります。
 今回ご紹介する裁判例は、土地の売買契約の売主が買主に対し、売買残代金の不払いを理由に売買契約を解除したとして違約金の支払いを求めたのに対し、買主がこれを争うとともに、売買契約は融資特約により当然解除されたとして手付金の返還を求めた事案の控訴審判決です。原審(京都地裁)は売買代金の支払期限を延長する合意は成立したが、融資特約を延長する合意は成立していないとして、売主の債務不履行解除を認め、買主に対して違約金の支払いを命じるとともに、買主の手付金返還請求(反訴)を排斥したため買主が控訴しましたが、控訴審は原審の判決は相当であるとして買主の控訴を棄却しました(東京高判、令和5年1月19日)。
 月刊メールマガジン第239号(令和4年2月号)*1では融資特約の延長合意の成立を認めて、売主に対して手付金の返還を命じた裁判例をご紹介しましたが、今回は以前のものとは逆の判断が示された裁判例をご紹介します。
 *1 https://www.otc.or.jp/pages/mmg/m2202_2.html


2 事案の概要

(1)  Xは不動産売買等を目的とする会社で宅地建物取引業者であり、Yは賃貸マンションの経営等を行う者(個人)であった。
(2)  XとYは、令和2年7月22日、Xを売主、Yを買主として以下の内容で本件土地の売買契約を締結し、Yは手付金として700万円を支払った。なお、X側には仲介業者A、Y側には仲介業者Bがそれぞれ関与していた。
 売買代金    1億4500万円
 売買代金の支払時期   令和2年9月30日
 違約金     1450万円
         Yの債務不履行によりXが解除した場合において、
        違約金の額が支払済みの金員を上回るときは、YはX
        に対しその差額を支払う。
 融資特約 ア Yは契約締結後速やかに1億4500万円の融資の申
        込手続をする。
      イ 融資未承認の場合の契約解除期限である令和2年8月
       21日までに前記融資の全部又は一部について金融機関
       の承認を得られないときは、本件契約は自動的に解除と
       なる。
      ウ イによって本件契約が解除された場合、XはYに対し
       受領済みの金員を無利息で遅滞なく返還しなければなら
       ない。
(3)  XとYは、本件契約に関し、令和2年9月1日付の「覚書」を締結した。同覚書には本件契約における売買代金の支払期限や所有権移転の時期等を令和2年9月30日から同年10月16日に変更することが記載されていたが、本件融資特約のことについての記載はなかった。
(4)  令和2年10月16日、Yは、金融機関から融資の承認が得られなかったことを理由に、Xに対し、本件契約を解除する旨を通知した。
(5)  Xは、同年11月2日付通知書をもって、Yに対し、本件土地の引渡し等の履行の提供をしたうえで、売買残代金を同月13日までに支払うよう催告するとともに、同期限までに支払いがない場合には本件契約を解除する旨を通知するとともに、これにより解除された場合には違約金の残額750万円を同月20日までに支払うよう催告した。
(6)  Yは、同年11月13日までに本件契約の残代金を支払わなかった。


3 争点と当事者の主張の概要

(1)  融資特約の期限の延長
ア Yの主張
  XとYは、同年9月1日付で覚書を作成し、本件契約における売買
 代金の支払期限を変更したところ、本件契約ではYが金融機関からの
 融資をもって売買代金を決済することが当初から予定されており、Y
 が融資特約の期限を延長せず、売買代金の支払期限のみを変更する希
 望がないことはXも十分認識していた。
  それ故、覚書に融資特約の期限の延長の記載がないとしても当事者
 間の合理的意思解釈によれば融資特約の期限についても同年10月
 16日まで延長されたと解釈すべきである。
  そして、Yは同年10月16日までに金融機関から融資特約が得ら
 れなかったため、本件契約は同日の経過をもって自動的に解除され
 た。
イ Xの主張
  否認。融資特約を同年10月16日まで延長する合意は成立して
 おらず、融資特約は失効した。
  従って、本件契約が同日の経過をもって自動的に解除されることは
 ない。
(2)  令和2年8月21日の経過による本件契約の自動解除
ア Yの主張
  売買代金の支払期限を延長する合意と併せて融資特約の期限を
 延長する合意があったといえないのであれば、覚書の作成は融資特
 約の期限である同年8月21日より後であるから、本件契約は融資
 経過をもって自動的に解除されている。
イ Xの主張
  Yが同年8月21日までに融資の承認を得ていなかったとしても、
 XY間の売買代金の支払期限を延長する合意には、当該解除を定めた
 融資特約の適用がないことを確認する趣旨も含まれており、融資特約
 は延長されず、効力を失ったと解するのが合理的である。
(3)  控訴審における補充主張
ア Yの主張
  XY間で融資特約の期限を徒過する前に本件契約を存続させると
 いう合意は成立していない。同年8月21日までに何らの合意もな
 いし、契約の存続と支払期限の延長の合意のみがなされることはな
 い。
イ Xの主張
  XとYは、同年8月17日の頃の時点で、両者の仲介業者を通じて
 、自動解除になることはなく、契約が存続し、代金支払期限を変更す
 る合意をしたものであり、覚書はこの合意内容を書面化したもので
 ある。本件契約は同年8月21日の経過により自動解除になっていな
 いし、融資特約について延長合意はされていない。

4 裁判所の判断

 裁判所は前提となる事実を認定したうえで、次のとおり判断しました。
(1)  原審における主張について
 本件契約には、同年8月21日までにYが金融機関から融資の全部又は一部について承認を得られなかったときは自動的に解除になる旨の融資特約が定められているところ、Yが同年8月21日までに金融機関から融資の承認を得ていないことは認められる。
 しかし、Yは、自身の仲介業者Bに対し本件契約の存続(支払期限の延長)とともに融資特約の延長を求めたが、Bは、同年8月17日頃、Xの仲介業者Aに対し、支払期限等の延長は求めたものの、融資特約の延長については、Xがそれを了承していないことを認識しながら交渉をしなかったというのであるから、同年8月21日までにXY間で本件契約の存続(本件契約が融資特約により同年8月21日の経過をもって自動的に解除されないこと)及び支払期限等の延長について合意が成立したものの、融資特約の延長については合意が成立していないことが明らかである。
 そうすると融資特約は効力を失ったと評価されるから、本件契約が融資特約により同年8月21日又は10月16日の経過をもって自動的に解除されたとは認められない。

(2)  控訴審における補充主張について
 確かに、本件契約を締結してから融資特約の期限(同年8月21日)が経過するまでの間に、X及びYが作成した文書や両者が直接に連絡を取り合った形跡は証拠上見当たらない。
 しかしながら、XはA、YはBを介して本件土地に関するやりとりをしていたこと、同年8月17日頃にBがYの意思を確認し、AがXの意思を確認したうえで、XとYが、それぞれの使者であるAとBを通じて本件契約を存続させることを前提に支払期限等を延長することを確認したものであるから、その頃、XY間で本件契約を存続させた(融資特約により自動的に解除されないとした)うえで支払期限等を延長するという内容の合意がなされたものと認められる。
(3)  債務不履行解除による違約金の発生
融資特約によって本件契約が自動的に解除されたとはいえないところ、事案の概要(5)のとおり、XはYに対して、通知・催告を行ったが、Yが同年11月13日までに残代金を支払わなかったので、本件契約はYの債務不履行により同年11月13日の経過をもって解除された。
 よって、XはYに対して違約金750万円の支払いを求めることができる。

5 本裁判例から学ぶべきこと

 本裁判例も前掲の月刊メールマガジン第239号でご紹介した裁判例と同様の事例判決ですが、この2つの裁判例では融資特約の延長合意の存否について正反対の判断がなされています。いずれの裁判例においても融資特約の延長合意の存否を示す明確かつ客観的な証拠は存在していません。その中で、本件において裁判所が判断のよりどころとしたのは、Yの仲介業者Bが、Xが融資特約の延長を了承していないことを認識しながら融資特約の延長についてX又はXの仲介業者Aと交渉しなかったという事実です。
 本裁判例から学ぶべきことは、契約条項に関して変更合意をする場合には、特約条項を含む契約条項の細部にまで目を配り、条項の変更が影響、波及する他の条項についても失念することなく検討を加え、変更が必要であれば変更の合意書面中に明記しなければならないということです。
 変更合意の書面を作成される際にはご注意ください。

(一財)大阪府宅地建物取引士センターメールマガジン令和7年2月号執筆分